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2006'03.25.Sat

無垢じゃないから

卒園式も終わってそろそろ今年度も終了。移動発表もあって来年度もとりあえず今の職場で継続。

わたしはここで3年間、保育士をしている。最初の年に2歳児クラスの担任になり、その次の年はフリー(所謂事務所)になった。フリーはクラス担任じゃないかわりに園全体の雑務(お手紙や掲示物)をしたり行事の大筋をまとめたり地域交流担当になったりする。今年は春先に産休を取っていたこともあり今年度もフリーだった。来年度のお伺いがあり、そろそろクラスに戻りたい気持ちがあって園長に伝えた。幼稚園に勤めていたこともあってまぁどこのクラスに行っても仕事はすることは出来るけれどどこがいい?と言われれば当然希望もある。でも園長の意向もあるだろう。

来年度は絶対に移動したくなかった。最初に受け持った子達が卒園なのだ。クラスを受け持ったときから卒園を見送りたい!と思っていたし若い先生や臨時職員が多い体制の中で年長の担任が出来るとは思っていないけれど(経験のために若い保育士が年長をすることが多いのだ)見送れたら…と思っていたのだ。卒園式は市の保育園が一斉にするので移動になったらきっと卒園式は見られない。思いいれたっぷりのクラスなのだ。
独身時代に6年、子どもを産んで3年、保育の仕事をして自分も子どもを産んで感じたことが「子どもは無垢なんかじゃない」ってこと。若干1歳児でも意地悪もするし卑怯なこともする。彼等は一人の人間なのだ。保育士を独占したい気持ち、おもちゃを誰にも使わせたくない気持ち、お母さんとずっと一緒にいたい気持ち。これらの感情は大人と同じだろう。大人は狡さや浅ましさをうまく隠す。彼等にはそのテクニックがないだけだ。

そしてわたしはその狡猾さも底の浅さも含めて子ども達が大好きだ、と思うのだ。行事と我が子の参観日が重なれば仕事を優先にしなきゃならない。わたしはボンに何度も頭を下げた。「ごめんね、ごめんね。今日はどうしても行かれないんだよ」そのたびにボンは「いいよ、いいよ」と言ってくれている。でもきっと参観日に来ない親は少数派なんだろうなぁ、と思うのだ。仕事とは言え、我が子より他人の子を優先してしまう母なのだ、わたしは。ボンには申し訳ないと思う。でもあの子達の卒園を見送らなきゃわたしは辞められないのだ。わたしの我儘だろう。

ボンもそうだ。お友だちに意地悪をする。カっとなって掴みかかったこともある。保育園のころには腕に痕が残るほど噛み付かれて帰ってきたこともあった。引っ掛かれて眼科に行ったこともある。子どものする意地悪は通る道なのだ、と、思うのだ。そこで加減を学べばいい。だからわたしは事務所で「○○ちゃんて意地悪だよ」とか言う。意地悪だから嫌いなんじゃないのだ。意地悪さも含めた彼等の人間性が好きなのだ。

よく「子どもは純粋だから」とか「無垢だから」とか言う大人がいるけれどそれは幻想だ。無邪気、とかね。邪気で溢れているよ、子どもなんか。大人以上だよ。でもそれを隠すすべを身につけたら大人になっちゃうんだ。美味しいものは誰よりも沢山食べたいからおやつは大盛りを選ぶ。それも堂々と。誰かが自分より沢山食べれば「ずるい!」と叫ぶ。それが邪気じゃなくてなんなんだ?自分よければすべてよし、の発想だろう?都合よく「無邪気」とか「純粋」とか言うなよ。こんなはずじゃなかった!って育児に失望する大人たちが多いけれど子どもにピュアさなんか期待しちゃダメよー、と、思うのだ。

だって自分の子でしょ?そーんなピュアなわけないじゃん(失笑)

わたしは無条件に子ども好きではない。でも仕事は好きだ。わたしは子どもだから好きだなんて一度も思ったことはないよ。それが保育士としてどうか、と言われればどうでしょう?としか言えないけれど。少なくともわたしは彼等と平等に接して行きたいし一方的な関係なんか築きたくないと思っている。チカラでねじ伏せるようなやり方もしたくない。彼等にはチカラがないからね。

わたしは子どもの無垢じゃないところが好きなのだ。だから仕事を続けているのかも知れないな。
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